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大阪高等裁判所 昭和57年(行コ)61号 判決

京都府長岡京市今里南平尾五番地の一

控訴人

北村康彦

右訴訟代理人弁護士

竹下重人

同市中京区柳馬場通二条下ル等持寺町一五番地

被控訴人

中京税務署長

人西操

右訴訟代理人弁護士

小藤登起夫

右指定代理人

森下康弘

國友純司

辻彦彰

多田光宏

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人が控訴人に対して昭和四八年七月一〇日付でした控訴人の昭和四五年分所得税の決定並びに無申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分(いずれも昭和五一年三月二三日付でした裁決により減額された後の分)は、総所得金額九、〇四四万四、一三一円を基礎として算出される各税額を超える限度において、いずれもこれを取り消す。

3  控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その九を控訴人の負担とし、その一を被控訴人の負担とする。

事実

(申立)

一  控訴人は、「(一) 原判決を取り消す。(二) 被控訴人が控訴人に対して昭和四八年七月一〇日付でした控訴人の昭和四三年ないし同四七年分の所得税についての決定処分並びに昭和四三年ないし同四六年分の無申告加算税及び昭和四五年ないし同四七年分の重加算税の各賦課決定処分(但し、昭和四五年分についてはいずれも裁決によって一部取り消された後のものをいう)を、いずれも取り消す。(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

(主張、証拠等)

当事者双方の主張、証拠関係等は、左記のほか、原判決の事実摘示に記載するとおりであるから、これを引用する(但し、原判決三枚目表六行目から九行目までを、「3 被告のなした本件各処分はいずれも原告の所得金額を過大に認定した違法があるから取り消されるべきである。」と改める。同一〇枚目表八行目末尾及び同九行目冒頭の「各」をいずれも削除する。同一三枚目表一〇行目の「不合理である。」の次に、「なお、その明細について、京都中央信用金庫円町支店における控訴人名義普通預金口座の元帳に基づき、右の循環金を抽出すれば、控訴人の昭和五八年四月二八日付準備書面末尾添付の別表記載のとおりである。」を附加する)。

一  控訴人

1  貸倒損失について

債務者振出しの約束手形が不渡りになった場合、債権者が「強制執行の手続をとったり、債権放棄をした」ということがなくても、手形不渡りの時点で客観的に回収不能であったものについては、その時点で貸倒損失とすべきものである(東京地裁昭和五六年三月一八日判決。税務訴訟資料一一六号五六四頁参照)。したがって、控訴人主張の原判決添付別表五の金額は、いずれも右の事情に該当するものであるから、所得税法五一条二項に則り必要経費に算入すべきである。

2  退職金について

個人事業者において、退職金支給に関する規則などを定めていない者があるのは当然であり、その場合でも、退職した従業員の職務内容、勤務年数、営業への貢献度等に照らして相当な金額の退職金は、必要経費として認められるべきである。このことは、受給者が所得申告をしたか否かに係らないことである。

控訴人が、前記敏雄及び益美に支給した金額は、右両名の職務内容、控訴人の事業に対する貢献度に照らし相当な金額である。

仮に、被控訴人において右支給金額が過大であると判断するのであれば、その過大部分だけを必要経費から除外すべきものである。そして、右過大部分の金額は、右両名により喝取されたものであるから、雑損控除が認められるべきである。

3  雑損失について

(一) 前記益美は、昭和三五・六年頃、蕁麻疹の治療のため服用しはじめた「デカドロン」という劇薬中毒のため、昭和四五・六年頃には身心ともに異常状態に達していた(右デカドロンの連用によって精神変調その他の異常が惹起されることは、その薬の製造元により警告されているところであるが、益美は、これを一〇年余も連続服用したため、右警告指摘された全ての副作用による異常を発し、特にうつ状と狂的凶暴状態とが交替的に出現し、夜間における凶暴な行動は常執を逸したものであった)。

このことは、同人が後になって、夜間に日本刀を振り廻しての傷害事件を犯し、公判進行中に高層ビルから投身自殺したことによっても明らかである。

原判決添付別表六記載の債権についての債権証書、担保権設定証書等を益美に持ち出された後、同人との間に一旦元に戻すという約束をしておきながら、益美は右約束を履行しなかったが、これに対し、控訴人が何らかの措置をとるとすると、控訴人及びその家族の生命に危険が及ぶ虞れがあった。このことは、控訴人において、所轄警察署や大阪法務局人権擁護部に相談し、安全を図ろうとした事実に照らし明らかである。したがって、右の損失は強盗による被害に類するものであり、事業用財産の損失であるから、必要経費となるものである。

(二)(1) 従業員の横領等によって事業用資産について生じた損害は、事業上の損失であり、これを損失として計上しうることは当然のことである。

ところで、このような場合、事業主は、その被害と同時に不法行為者に対して損害賠償債権を取得し、この損害賠償請求債権は資産に計上されるべきものであるから、横領による被害額が直ちに所得金額を減殺することにはならない、とするのが従来の考え方であったようである(最高裁昭和四三年一〇月一七日判決。訟務月報一四巻一二号一四三七頁)。

(2) しかしながら、右の考え方は、損害の発生と、そのことによる賠償請求の可能性の判断について、事業主に無理を強いることになりかねないので、例えば詐欺被害による損失は、その被害発生の時の損失として計上し、不法行為者に対する損害賠償請求が和解・判決等によって確定したときに収益(雑収入)に計上することで足りるとする考え方がとられるに至っているのである(東京高裁昭和五四年一〇月三〇日判決。シュトイエル二一六号一二頁)。すなわち、「私法上の権利が存する限り、それを自己又は家族の者らの安全と引き換えてでも実現しない限り、損失とは認めない。」というほど、税法の考え方が厳格である筈はない。

(三) 仮に必要経費(控訴人の事業上の経費)に当らないとするなら、所得金額から控除される雑損失と認めるべきである。

4  甲第一号証、第二号証の一・二、第三号証の一ないし三、第四号証の一・二、第五号証、第六号証の一ないし三、第七ないし第一一号証、第一二号証の一ないし三、第一三号証、第一四号証の一ないし二一、第一五号証、第一六ないし第二二号証、第二三号証の一ないし五、第二四ないし第三一号証を提出。

二  被控訴人

1  控訴人の前記主張はいずれも争う。

2  控訴人主張の貸倒損失について

(一) 控訴人が貸倒損失とすべきであると主張する債権は、その発生、回収あるいは延滞等の経過、さらには担保物件の有無並びにその処分等が全く明らかでない。つまり、控訴人は、本件処分当時から原審に至るまで、手形等が不渡りになったという主張を、単に繰返すのみであり、しかも、後に至って右債権の一部が回収されたとして、従前の貸倒損失の主張額を大幅に訂正する等、その債権の存在自体、極めて疑わしく、貸倒損失とすべき前提要件を欠くものである。

(二) 債権が貸倒損失として事業所得の計算上、必要経費に算入されるためには、その債権回収の見込みのないことが確定し、若しくは債権者が債権を放棄した場合に許されるものである。

ところで、控訴人の主張する債権については、右のとおり債権そのものの存在が極めて疑わしいのであるが、仮にその一部について債権の存在が認められるとしても、控訴人の主張するように、「手形不渡り」の時点で貸倒損失とすべきではない。すなわち、「手形不渡り」後においても、債権が回収されるのが通常であり、このことは、控訴人が原審において貸倒損失の主張額を大幅に訂正していることからも裏付けられるのである。

したがって、手形が不渡りになった、というだけでは、いまだ債権の回収の見込みのないことが確定したとはいえない(控訴人は、東京地裁昭和五六年三月一八日判決を引用するが、右判決は、「事実上回収できないことが客観的に明らかであった場合、その債権を貸倒れとして認めることができる。」としたもので、手形不渡りの時点で即貸倒れとして認める旨判示したものではなく、被控訴人の主張と齟齬するものではない)。

3  控訴人主張の雑損失について

控訴人が、雑損失であると主張する債権中には氏名不詳のものがあり、債権の存在自体不明である。また、一部の債権が前記益美に移転されたとしても、その後にこれらの回収について、何らの措置を講じていないことから、控訴人の意思によって譲渡したものといわざるを得ない。

したがって、右債権の回収不能については、信用性に乏しく、事業の遂行上必要な経費としての雑損失には該当しないから、控訴人の主張は理由がないというべきである(なお、医薬品「デカドロン」は、要指示医薬品<薬事法四九条一項及び同法五〇条9号>である。したがって、右医薬品の使用に際しては、医師の医学的判断が必要であるため、副作用が顕著になるまで医師が投与を続けることはあり得ない、というべきである)。

4  同雑損控除について

控訴人は、退職金及び雑損失の金額が事業上の必要経費に該当しないのであれば、雑損控除が認められるべきである旨主張するが、所得税法七二条に規定する災害又は盗難若しくは横領による損失とは、納税者の意思に基づかない損失をいうものであるから(福岡高裁昭和五七年二月二四日判決、税務訴訟資料一二二号三六四頁)、雑損控除の対象ともなり得ない。

5  甲第六号証の一、第七ないし第一一号証、第一三号証、第一四号証の一ないし二一、第一五号証、第二四ないし第三一号証の成立はいずれも不知。その余の甲号各証の成立(第一二号証の三については原本の存在とも)をいずれも認める。

理由

一  本件についての当裁判所の認定ないし判断は、左記のほか、原判決二二枚目表二行目ないし同二八枚目表一行目、同三〇枚目裏末行目ないし同三一枚目裏三行目に記載するとおりであるから、これを引用する。

1  原判決二二枚目裏末行目の「循環金であり」の後に、「(京都中央信用金庫円町支店における原告名義の普通預金口座については、控訴人の昭和五八年四月二八日付準備書面末尾添付の別表参照)」を加える。

2  原判決二三枚目裏六行目の「(被告の主張1の(三)参照)」の後に、つづけて次のとおり加える。

「前掲原告本人尋問の結果によると、原告は、「現金入金分には貸付金の回収分と循環金とがあり、その区別は、万単位以下が零の分は循環金であり、万単位以下に端数のある分は貸付金の回収分である。」旨述べ、弁論の全趣旨により原本の存在並びに成立の真正を認め得る甲第二四ないし第三一号証には、右に符合する入金も多数存在するが、他方で原告は、「手形・小切手による入金(これが貸付回収金であることについては当事者間に争いがない)のほか、現金による貸付金の回収分、担保物件の競売による貸付回収金の入金もあった。」旨述べる。そうであれば、貸付金に関しては、右の手形・小切手による入金、現金による入金、競売による入金は、すべて万単位以下に端数があったこととなるが、原告の全立証によるもこれを認め得る証拠はないこと」

3  原判決二三枚目裏一〇行目の前に、次のとおり加える。

「もっとも、前掲岡田証人の証言によると、「原告の銀行帳簿を調査した際、原告の主張する循環金らしいものは存在した。」旨述べており、弁論の全趣旨に徴し、原告の主張する意味の入金(循環金)が絶無であるとは断じ得ず、むしろ、ある程度存在したであろうとの推測は可能であるが、右の入金について特定しうる資料はない。」

4  原判決二六枚目表九行目から同二七枚目表四行目を削りここに次のとおり加える。

「ところで、法五一条二項は、「事業所得において、貸付金等の貸倒れにより生じた損失の金額は、その者のその損失の生じた日の属する年分の事業所得金額の計算上、必要経費に算入する。」旨を定める。そして、右にいう貸倒損失は、貸金等の全部又は一部の切捨て(会社更生法、和議法等の手続によるもの又は債務免除の場合等。本件は、これらの場合に当らないことその主張に照らし明らかである)の場合を除き、「貸金等につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみて、その全額が回収できないことが明らかになった場合(但し、貸金等に担保が付されている場合は、その担保物を処分した場合に得られると見込まれる金額を除く)」をいうと解するのが相当である(したがって、債権放棄とか強制執行手続による取立不能等の場合に限定されるものではない)。

そこで検討するに、原告は、貸倒れ損失について別表五のとおり主張し、その貸倒事由として、「手形等の不渡り、逃亡(行方不明)、倒産」等を記載するが(もっとも右事由の記載のないものもある)、前掲原告本人尋問の結果によると、「昭和四五年当時貸付総件数約三五〇件のうち、何らかの担保をとって貸付けた分は約二五〇件ぐらいあった。」旨述べているに拘らず、右別表五には、担保の存否について全く記載がなく、さらに、原告自ら「回収不能の中には、回収されたものもある。」旨述べているのであるから、事実「回収できないことが明らかになった」ものがどの分か、さらに、回収不能額(担保物の処分によっても回収できない額)等について、これを特定しうる資料は全くない。」

5  原判決二八枚目表一行目の後に、行をかえて次のとおり加える。

(一)  成立の争いのない乙第二号証の一、弁論の全趣旨により成立の真正を認め得る甲第一五号証前掲証人岡田仁男の証言、前携原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認め得る。

(1) 原告は、昭和三五年頃から金融業を始め、徐々に業績を挙げてきたが、昭和三九年長兄敏雄を従業員として雇傭し、さらに、昭和四二年次兄益美を従業員として雇傭して後、業績は著しく発展するに至った(このことは、別表二の所得金額の推移に徴し明らかである)。そして、昭和四四年ないし同四五年頃に至って、益美の金融活動に独断専行的(例えば、貸付債権者名義を益美としたり、原告の意に反して大口貸付をするなど。但し、順調に回収され、その回収金が原告に帰属する限り、原告は結局黙認した)な面が顕著となるに至った。

(2) 昭和四五年一二月下旬頃、ささいなことから原告と益美の意見が衝突するに至り、敏雄も、「自分も金融業は性格的に合わないから、益美が辞めるのであれば自分も辞める」旨述べ、同月末頃話合いのうえ、敏雄、益美が共に同月末日限り合意退職することとなった。その際、原告は、右両名(主として益美)との間で、「〈イ〉右両名の名義とした貸付名義(不動産抵当権名義を含む)を原告に戻す。〈ロ〉右貸付名義の原告への返還は、登記手続の問題もあるから、昭和四六年一月七日に原告の事務所に集り実行する。〈ハ〉原告は右両名に対し、昭和四五年一二月末日相当額の退職金を支払う。」ことで合意し、原告は同月末日頃、現金及び無記名定期預金をもって右両名に支払った(金額については後記のとおりである)。

(二)  ところで、前掲乙第一号証、同岡田証人の証言に弁論の全趣旨を総合すると、被告のした本件決定中、昭和四五年分について推計計算するに当り(退職金の存否<及びその額>は、必要経費として推計計算する際当然検討されなければならない。法二七条二項、一五六条。通則法二五条)、敏雄及び益美が同年末退職した事実を看過したため(したがって、この点については、通則法二五条所定の調査を欠く)、右両名の退職金の存否等全く検討されることなく右課税処分がなされたことが認められ、この点について他に右認定に反する証拠はない。

(三)(1)  そこで退職金支給額について検討するに、原告は、「敏雄、益美に各四、五〇〇万円(計九、〇〇〇万円)を支払った。」旨主張し、前掲原告本人尋問の結果によると、「無記名定期預金が京都銀行本店、大和銀行京都支店、京都信用金庫本店及び三和銀行京都支店に各計二、〇〇〇万円(一口の金額は二〇〇万円と三〇〇万円)づつあり、これを右両名に四、〇〇〇万円づつ及び現金五〇〇万円づつを加え(計各金四、五〇〇万円)支給した。」旨述べる。

(2)  しかしながら、前記認定のとおり、敏雄、益美の在職中の貢献度は顕著なものがあったことは認められるが、他方で、特に益美は原告と意見を異にした上での合意退職であり、また、敏雄については、敏雄の希望(自己都合)による退職であること等を勘考すると、右両名に退職金として各四、五〇〇万円を支給したとの原告の主張は、到底認め得ないというの外はない。

さればといって、前記認定の事情の下において、右両名が、退職金無しで合意退職したとも、これ亦諸般の事情に徴し認め難いところといわなければならず、結局、退職金として相当額が前記両名にそれぞれ支給されたと認めるほかはない(源泉徴収の有無は別問題である)。

(3)  そして右の相当額を客観的に特定しうる資料のない本件においては、何らかの合理的基準により推認せざるを得ないところ、原告の如き中小企業ないしは零細個人企業における平均的資料もない本件においては、次善の方法として、国家公務員退職手当法四条、七条に準じ認定するほかはないというべきである。そうすると、右両名の昭和四五年当時の月額賃金はいずれも二三万一、二五〇円(右両名の年収がいずれも二七七万五、〇〇〇円であったことは当事者間に争いがない)であるから、敏雄については、勤務期間六年(前掲原告本人尋問の結果により、昭和三九年から雇傭したことは認められるが、その月・日が不明であるから勤務期間は六年として計算する)で、退職金の額は二〇八万一、二五〇円、益美については、勤務期間三年(右敏雄の期間計算と同一理由により勤務期間は三年として計算する)で、退職金の額は一〇四万〇、六二五円、となること計数上明らかである。

敏雄分 23万1,250円×15×6=208万1,250円

益美分 23万1,250円×15×3=104万0,625円

(四)  所得算出の前提となる必要経費の立証責任は被告課税庁にあることはいうまでもないが、所得は現実の収入金額などと異なり課税のための評価であるから、所得を算定評価する前提となる必要経費については、被告においてその通常必要とされる経費につき一応の証明をすれば足り、これを超える経費の支出を必要としたことについては、課税上利益を受けることとなる原告納税者において立証すべき責任を負うと解するのが相当であるところ、本件においては、この点につき原告においてなんら立証をしないことは前記のとおりである。

してみれば、前記認定の本件における事実関係のもとにおいては、退職金は右の合計三一二万一、八七五円の範囲において支給されたと認めるのが相当であるから、この金額は原告の昭和四五年分の一般経費控除後の金額から必要経費として控除されるべきものといわなければならない。

(五)  原告は、「仮に原告が敏雄及び益美に支払った計九、〇〇〇万円(各四、五〇〇万円づつ)が過大であるとされるのであれば、その過大部分(九、〇〇〇万円から三一二万一、八七五円を控除した八、六八七万八、一二五円)は、右両名に喝取されたものであるから、法七二条の雑損控除が認められるべきである。」旨主張する。

しかしながら、仮に原告がその主張するとおりの金額を、敏雄、益美に支給したが、右が喝取に当るとしても、法七二条の雑損控除は、事業用資産(原告の主張する金額からしても、事業用資産と認められる)について適用のないこと同条及び同法施行令二〇六条により明らかである。したがって、原告の右主張は理由がない(なお、仮に原告主張のとおり喝取されたものとすれば、当然その同額について損害賠償請求権を取得したものというの外はないから、法七二条所定の雑損控除とならないこと右法条から明らかである)。」以上のとおり加える。

6  雑損失について

(一)  原告は、昭和四六年分について、「別表六記載のとおり雑損失が生じたから同年分の事業所得金額から控除されるべきである。」旨主張する。

(1) 成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の一・二、同第三号証の二・三、同第六号証の二・三、同第一二号証の一ないし三、弁論の全趣旨及びこれにより成立の真正を認め得る甲第六号証の一、同第七ないし第一一号証、同第一三号証、同第一四号証の四ないし二一、前掲原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(イ) 別表六の24番(債務者立木政美、債務額三〇万円。甲六号証の一ないし三)同22番(債務者高畠護<高島は誤記と認める>、債務額二〇万円。甲七号証)、同26番(債務者土田雄彦、債務額三〇万円。甲八号証)、同39番(債務者松田亀雄<亀雄は誤記と認める>、債務額三〇万円。甲九号証)、同15番(債務者坂勇<坂藤は誤記と認める>、債務額一〇五万円。甲一〇号証)、同12番(債務者加藤貞良<呂良は誤記と認める>、債務額二〇万円。甲一一号証)、同1番(債務者伊藤円治、債務額五〇万円<別表六では二〇万円>。甲一三号証)は、いずれも昭和四六年五月頃から益美にそれぞれ分割弁済により結局完済された。

(ロ) 益美は、以前から「デカドロン」を常用し、その副作用が心身に現われていたこと、昭和五一年六月頃には、暴力行為や傷害罪で起訴されるに至ったこと、同年一〇月一九日飛び降り自殺したこと、火葬した際、通常の火力で骨が殆んど灰になっていたこと、昭和四五年一二月末原告方を退職する際ないしはその後、原告に帰属する債権のうち、益美が自己名義で貸付けた債権の多くを取得し、これにより退職後も原告とは別に金融業を営んでいたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)(イ) ところで、原告は、「別表六記載の各債権は、もともと原告の金融事業に基づくもので、原告に帰属する事業用資産である。しかるに益美らは、右の債権証書等を持ち出し、抵当権者名を書替え、昭和四六年一月七日原告に返還する約束を履行せず、恣に右債権を取立て、原告の債権回収が不能となった。そして、原告が益美に対し、右各債権の返還請求権ないしは損害賠償請求権を行使しようとしても、益美は、前記のとおり薬害による心身の異常を来たしており、原告及びその家族らの生命に危険が及ぶ虞れがあった。したがって、原告の事業用資産の損失(雑損失)として、昭和四六年分の所得計算上必要経費として認めるべきである。」旨主張する。

(ロ) しかしながら、法七一条所定の雑損失は、同条所定の損害が生じた場合において、返還請求権ないし損害賠償請求権を取得し、その行使により補てんされる部分の金額(債権の場合は、被った損害と、返還請求権ないし損害賠償請求権とは、通常同額となる)は、同条所定の雑損失とはならないこと、右法条自体から明らかである。したがって、原告は益美に対し、別表六記載の各債権につき、返還請求権ないし損害賠償請求権を有すること、原告の主張自体から明らかである。

(ハ) してみれば、右返還請求権ないし損害賠償請求権の行使が、事実上可能かどうかを論ずるまでもなく原告の主張は理由がないことに帰する(仮に、右の返還請求権ないし損害賠償請求権について、客観的に回収不能が明らかになった場合は、その時点の帰属年分の所得計算において、法五一条二項の貸倒損失として処理されるべきものである)。

(二)  原告は、さらに「右の雑損失の主張が認められない場合は、法七二条の雑損控除として、昭和四六年分の所得金額から控除されるべきである。」旨主張する。しかしながら、前記のとおり、法七二条の雑損控除は、事業用資産について適用のないこと同条及び同法施行令二〇六条により明らかである。したがって、原告の右主張は理由がない。

二  以上によれば、(一) 昭和四五年分を除くその余の各年分(昭和四三、同四四、同四六、同四七各年分)について、被告がした本件各処分には、いずれも違法はなく、原告の右各年分にかかる本訴請求はいずれも理由がないことに帰する。(二) 昭和四五年分については、被告がした本件決定の同年分の総所得金額は、別表一記載の九、三五六万六、〇〇六円(但し、裁決により減額された後の分)であるところ、前記認定の退職金計三一二万一、八七五円は控除されるべきであり、そうすると、原告の右年分の総所得金額は九、〇四四万四、一三一円となるから、被告のした右本件決定は、右の金額を超える限度で違法であり、そして、右の決定金額を前提としてなされた本件賦課決定も、右超える部分に関して違法であるといわなければならない。

三  してみると、控訴人の本訴請求は、昭和四五年分の本件各処分については、右認定の限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却すべきである。したがって、これと結論を異にする原判決を右の限度で変更することとする。

よって、行訴法七条、民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山忍 裁判官 矢代利則 裁判官 河田貢)

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